【書方箋 この本、効キマス】第101回 『デジタルの皇帝たち』 ヴィリ・レートンヴィルタ 著/濱口 桂一郎
デジタル中産階級に希望
タイトルの「デジタルの皇帝たち」(原題は「クラウド・エンパイアズ」なので、正確には「クラウドの諸帝国」)とは、GAFAといわれるデジタル巨大企業だ。アマゾン、アップル、グーグル、ウーバーといったグローバルに展開するプラットフォーム企業によって、我われの生活は支配されている。本書は、ここ数十年のその展開の歴史を興味深いエピソードを交えながら語る。
これら諸帝国の出発点は、しかしながら現実世界の権力を嫌い、サイバー空間に自由と互恵を求める草の根的な民主的電子マーケットにあった。第2章「互恵主義」のジョン・バーロウが思い描いたバーチャル理想社会は、デジタル巨人企業の急成長とともに、著者が「ソ連2・0」と呼ぶ中央計画自由市場へと変貌を遂げてゆく。かつてソ連型社会主義が失敗したのは、当時のコンピュータのデータ処理能力では到底間に合わなかったからだ。
ところが今や、GAFAのアルゴリズムは独占企業による完全市場を創り出してしまった。「完全な市場を実現する夢を見ながら、アイン・ランド作品の愛読者であったシリコンバレーのリバタリアンが、結局はソ連2・0を生み出しているのだとしたら、皮肉以外の何物でもない」と著者は言う。
だが、彼が「帝国」の語に込めた意味合いは、第Ⅱ部「政治的制度」で明確になる。現在、各国の裁判所で処理される訴訟の件数よりも、デジタルプラットフォーム企業内部で処理される紛争の件数の方が多いのだ。そして、共産主義革命によって創り出された共産主義帝国と同様、デジタル革命によって生み出されたデジタル帝国は、かつて救済すると言っていた人民(プラットフォーム利用者)を搾取収奪の対象としていく。ジェフ・ベゾスの父ミゲルはカストロのキューバから逃げ出し、アメリカという新天地で活躍できたが、今世界中の電子マーケットを支配するアマゾンから逃げ出しても、顧客を奪われて無一文で放り出されるだけだ。
されば、万国のインターネット労働者よ、団結せよ! 「集合行為」と題された第9章と第10章は、帝国に反抗するデジタルプロレタリア階級(アマゾン・メカニカル・タークの就労者)とデジタル中産階級(アップル・ストアの出品者)の姿を描き出す。だが前者は絶望的だ。クリスティ・ミランドの訴えに呼応したターカーはほんのわずかだった。一方、後者には希望がありそうだ。アップルはアンドリュー・ガズデッキーらの訴えを受けて、テンプレートやアプリ生成サービスを使って制作したアプリを却下するという方針を変えた。
著者は、「プラットフォーム独裁政治からプラットフォーム民主政治へと至る道」はブルジョワ革命だという。労働者と貴族の間に位置するアプリ開発者、オンライン販売業者、フリーランス専門家などなどが、中世の市民と似た非公式の制度を生み出し、もちろんそんな「歴史の法則はない」が、もしかしたら民主化を実現するかもしれない、と。
(ヴィリ・レートンヴィルタ 著、濱浦 奈緒子 訳、みすず書房 刊、税込4400円)
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JIL-PT 労働政策研究所長 濱口 桂一郎 氏
選者:JIL―PT労働政策研究所長 濱口 桂一郎
濱口桂一郎さん、大矢博子さん、そして多彩なゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”に是非…。