【主張】育てがい踏まえ初任給を
物価上昇に伴うベースアップを受け、大企業による初任給の大幅改善が続いている。大和ハウス工業㈱は今年4月の入社者から大卒35万円に引き上げるとし、同グループの㈱コスモスイニシアも26年から30万円にすると発表した。第一生命ホールディングス㈱では業界最高水準を狙い、今春から大卒総合職を33万5560円(固定残業代30時間分含む)に高めるという。
新卒一括採用に取り組む大企業は従来、10~20年をかけて基幹人材を育てることを前提とし、非管理職層の人事制度を構築してきた。総合職として入社した大卒男性は、数年後に初めての昇格を一斉に経験し、いずれほとんどの人材が管理職手前の等級までたどり着く――教育・研修体系も含めて彼らには明らかなレールが敷かれていて、新卒採用はそのレールに乗せる人材を獲得する一大事業だった。
あえて一律のレールを敷く以上は、先々の報酬額まで予定せざるを得ず、定期昇給制度はその標準的なモデルを実現する。結婚し、配偶者が出産する時期を仮定して、諸手当を含めた年齢別モデル賃金を描く。横並びの昇給・昇格は“順調に基幹人材が育っている”証拠で、評価結果がばらつく状況はむしろ、採用や育成の失敗を意味しかねなかった。
人手不足のなか、物価上昇を超えて進む初任給の高騰は、人への投資のあり方を変えざるを得ない。総合職の担い手はとうの昔に男性に限定されるものではなく、中堅規模以上に対して中途採用比率の公表が求められるに至り、転職のハードルは大幅に下がった。キャリア自律を謳う大企業では、自発的に学べる教育コンテンツを充実し、公募を通じて“社内転職”を可能にする動きが進んでいる。
労働移動の活性化は、当然のことながら時間的な育成投資を縮小させる方向へ働く。元を取る前に流出されるリスクが高まるほど、かつてのようなスパンで基幹人材を育て上げることは難しくなる。身の丈を超えて初任給を引き上げる方策は、少なくとも育てがいのある人材と向き合わねばならない企業の選ぶべき道ではあり得ない。