【書方箋 この本、効キマス】第104回 『高宮麻綾の引継書』 城戸川 りょう 著/大矢 博子
へこたれぬ3年目の奮闘
鶴丸食品をトップに頂く、「食」にまつわる企業群としては国内でも大手の鶴丸グループ。その子会社である食品原料の専門商社TSフードサービスに入社して3年目の高宮麻綾は、グループ内での新規事業を提案するビジネスコンテストに絶対の自信を持ってエントリーした。
彼女のプランは食品ロスを出さない循環型社会。TSフーズが少額出資しているデルメル株式会社が開発中の食品酵素を使うことで食品の寿命を伸ばすというプレゼンで、麻綾は予想通り優勝を手にした。これで親会社に出向し、やりたい仕事ができる!
と、喜んだのも束の間、親会社から提案した事業を白紙に戻すと告げられた。かつて親会社が出資していた食品酵素会社・カンコーが事故を起こし、死者が出た。カンコーとデルメルはよく似た製造ラインナップであり、会社としてはリスクを避けたいというのだ。
さあ、麻綾はブチ切れた。聞いたこともない昔の会社のわけの分からないリスクなんかに自分のアイデアを潰されてたまるもんか。そんなとき、倉庫の古い段ボール箱からカンコーの一件は事故ではなく殺人だという謎の告発文書が出てきて……。
これは面白い! まずこの高宮麻綾というヒロインが抜群に魅力的だ。まず仕事ができてやる気もある、というのは大前提。その上で自分のやりたいことのためなら猪突猛進、手段を問わない。上司にも刃向かうし、会社の情報を知り合いの記者にリークしたりもするのだ。めちゃくちゃ威勢が良いのである。
その代わりやりたくないことはやらないし、感情が先に立って失敗したり、考えが甘くて利用されたりもするが、それでもへこたれないのが良い。こういう社員がいたら会社が楽しくなりそうだ。それ以上に面倒も多そうだけど。
もっとうまいやり方があるだろうとハラハラさせられる場面も多いが、それでもスカッとするのは、世のサラリーマンがぐっと押さえ込んでいた気持ちを、彼女が心地良い啖呵とともに吐き出してくれるからだろう。
どいつもこいつも親会社の考えばかり気にしてる。あなたたちは親会社に死ねと言われたら死ぬんですか? うちは親会社のオモチャじゃないでしょ!――いやあ、言えたら気持ち良いだろうなあ。絶対言えないけど。
ただ所詮は3年目の平社員である。上層部のパワーゲームやその背後に付け入ることはできない。その現実の中で彼女が自分の事業を通すためにどう活路を開いていくのかが読みどころだ。
ミステリーとしても実に凝っている。かつてカンコーで起きた事故とは何だったのか。真相が明らかになったとき、そんなところにヒントがあったのかと思わずのけぞった。と同時に、親会社や取引先の意向ひとつで仕事が左右される立場の悲哀が、痛いまでに伝わってくる。
エキサイティングで元気な物語の中にちくりと混ぜられた、女性の立場や権力の勾配という厳しい現実。理不尽は至るところにあるけれど、それでもやっぱり仕事って面白いものなんだと、最後は思わせてくれた。
(城戸川 りょう 著、文藝春秋 刊、税込1760円)

書評家 大矢 博子 氏
選者:書評家 大矢 博子
濱口桂一郎さん、大矢博子さん、そして多彩なゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”に是非…。