【見逃していませんか?この本】憎しみを教え込まれても共感の道を選ぶことはできる/ザック・エブラヒム+ジェフ・ジャイルズ『テロリストの息子』
「テロリストの息子」というタイトルを聞くと、父親とせっせと爆弾作りに励んでいた息子が、当局に逮捕されて懲役刑を受け、出所後に一念発起して書いた自伝のようなものを想像してしまうかもしれない。
けれども本書は、これとはまったく逆で、父親がテロリストだとは知らないまま凄惨な事件に直面し、次々と暴かれる新事実に幾度となく裏切られる息子の話だ。
父親の名は、エル・サイード・ノサイル。エジプト人であり、イスラーム過激派のメンバーだった。1990年にニューヨークでイスラエルの極右活動家メイル・カハネを暗殺し、1993年には、世界貿易センタービル爆破事件に関わった。のちの裁判で終身刑を言い渡された。その息子が本書の著者ザック・エブラヒムである。
当初から父親は、暗殺事件の容疑を「はめられたもの」だとして断固否定し、無実の証明を、公正な裁判を声高に訴えた。家族もそれを信じた。が、世界貿易センタービル爆破事件が起き、いよいよ父親の化けの皮が剥がれることに。
家族は数え切れないほどの引っ越しを余儀なくされ、毎日のように脅迫と嫌がらせにさらされ、ザックはといえば学校でぶん殴られ笑いものにされる。
普通だったらグレるか、精神を病むだろう。父親と同じようにテロリストになる道もあった。
しかし、ザックは最終的に「憎しみ」とは無縁の道を歩む。
この心境の変化について彼はこういうふうに表現する。
「誰にだって選択する権利がある。憎むことを教え込まれても、寛容な生き方を選択することはできる。共感[エンパシー]の道を選ぶことはできるのだ」
「誰もが苦悩を決意に変えられるわけではないこともわかっている。けれども共感[エンパシー]は憎しみよりもパワフルで、僕みたいな人間の人生は、それを拡散することに捧げるべきだと確信している」(以上、本書)
気が狂いそうになるような憎しみの嵐を乗り越えた彼だからこそ、この言葉にはテロが招く暴力の連鎖をものともしない説得力がある。
今、米国では大統領選に向けた候補者指名争い一色だが、政治家は彼のような人物の発言にもっと耳を傾けるべきだろう。(N)
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佐久間裕美子訳、朝日出版社・1296円/Zak Ebrahim Jeff Giles 1983年米国ペンシルベニア州ピッツバーグ生まれ。本書は人気のTEDトークに基づくもの。