【見逃していませんか?この本】多くの尊い犠牲を無駄にしないために/鈴木邦男『テロル Terror』
テロルという言葉を聞いて何をイメージするだろうか。
団塊の世代より上の世代であれば、特定の事件などと結び付いているのではないだろうか。沢木耕太郎の『テロルの決算』などはまさにその代表格といえるもので、当時の社会党委員長を刺殺した青年をめぐるノンフィクションだが、思想書の分野では、笠井潔の『テロルの現象学 観念批判論序説』などというものもあった。そして忘れてはいけないのは、かわぐちかいじのマンガ『テロルの系譜 日本暗殺史』だろう。
しかし、テロルと聞くと、テロとは違って、なにやら古めかしい感じがしないでもない。それもそのはず、本書は、「テロリストのかなしき心」を詠んだ石川啄木の『ココアのひと匙(さじ)』から、自衛隊の市ヶ谷駐屯地に乗り込んで割腹自殺を遂げた三島由紀夫の『檄(げき)』まで、変革を叫んで志半ばで斃(たお)れたさまざまな時代の著名人たちが残した文章をまとめたアンソロジーだからである。ある者はテロルに走って自害し果て、ある者は無実にも関わらずテロルの容疑で処刑された。当然、読み方によっては「危険な本」となり得るだろう。
編者の鈴木邦男はこう戒める。
「日本にはもう民主主義はない。言論では何も変わらないという人が増えている。だからといって、『テロしかない!』と言ってほしくない。性急にそう結論づけてしまっては、これまでテロに走り、亡くなっていった多くの尊い犠牲を無駄にすることになる」
また、過ちを犯すのは個人だけではない。時に国家も、社会不安を理由に個人を殺めてしまう。
丹念にその軌跡を辿れば、暴力が拙速な意思決定によるものであることは明らかだ。
一体どこで道を踏み外したのか、あるいは他にどのような道があったのか、そんな可能性について真摯に向き合う失敗学と言っても過言ではない。 (N)
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すずき・くにお、皓星社・1944円/作家、政治活動家。『夕刻のコペルニクス』『愛国者は信用できるか』『言論の覚悟』など