【見逃していませんか?この本】国民国家の再構築というシナリオはあり得るか/エマニュエル・トッド『問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論』
イギリスのEU離脱はすでに今年最大のトピックといっていいほどの衝撃を呼んだ。
巷間でささやかれている懸念は、EUの崩壊へとつながる決壊となるのではないかというもので、これが引いては世界経済、日本経済に重大な悪影響を及ぼすというものだ。
しかし、エマニュエル・トッドの日本での講演やインタビューなどで構成した本書を読めば、そんな悲観論一辺倒な考え方は覆されるだろう。
トッドは、現在イギリスとアメリカを中心に起こっている転換を、「グローバリゼーション疲労」による「ネイションへの回帰」とみる。
名誉革命と産業革命によって近代化の先陣を切ったイギリスが、いち早くインターナショナリズムとネオリベラリズムに嫌気が差し、「主権回復」というナショナルな志向への揺り戻しが起こるというのは皮肉な話といえる。しかし、アメリカもかつてのモンロー主義(アメリカ大陸とヨーロッパ大陸の相互不干渉の提唱)の再来を思わせる、ドナルド・トランプ現象に象徴される反動的な機運が顕著になっている。
今後の世界についてトッドは2つのシナリオがあるという。
1つ目は、イギリスのEU離脱を契機に、各国が国民国家の再構築に着手し、相対的で温和で平和な世界になるパターン。2つ目は、経済的な競争がどんどん加速し、さらなるグローバリゼーションの荒波にさらされ、いくつかの野蛮な現象が起きてくるというパターンだ。野蛮な現象とは、極右や排外主義の台頭である。
日本に対する分析も鋭い。
トッドが唯一不安視するのは、安全保障問題ではなく人口問題だ。移民受入れに消極的なことが国家の衰退につながるとみる。
すべてを家族に負担させる日本的な固定観念を捨てて、国家が家族を公的扶助で支える方向に切り替えられるかどうかが鍵になると述べる。
欧米諸国とともに日本も岐路に立たされていることが分かるはずだ。(N)
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堀茂樹訳、文藝春秋・896円/Emmanuel Todd フランスの歴史人口学者、家族人類学者。『移民の運命』『帝国以後』など