ワークルール教育について/弁護士 上田 裕
1 若者の労働環境
昨今、大手広告代理店で起きた過労自殺事件や、ブラック企業、ブラックバイトという言葉をよく耳にするようになり、社会問題化していることはご存じのことだと思います。
いずれの問題にも共通しているのは、若者が過酷な労働環境に晒され、自力で抜け出すことができずに潰れてしまうという点にあります。過労死自殺の事件でいえば、月100時間を超える残業や度重なるパワハラが自殺に至った原因となったと言われています。また、ブラック企業、ブラックバイトについても、使用者が労働基準法や関係法令を無視して、サービス残業を強要し、過大なノルマ責任を課し、職務上のミスについても賠償を求め、辞めさせることすら容易に認めない等、労働者が潰れるまで使い続けるというものです。
これらの問題は、なぜ起きてしまうのでしょうか。原因の一つとして挙げられているのが、労働者自身の知識不足です。多くの方が高校・大学を卒業して社会に出るわけですが、社会人になるにあたり、働く際のルール、つまり労働基準法等に定められている基本的なルールを十分身につけないまま、働き始めてしまうという現実があるのです。
確かに、公民の教科書には労働基準法等についての記述が若干ありますが、自分が働くときに活用されるという認識のないまま、漫然と意識から遠のいてしまうのです。
私の経験をお話しますと、私は、弁護士になる前に、企業で働いていたことがあるのですが、当時は、残業時間がマークシートによる自己申告制だったこともあり、結果として、サービス残業が存在していました。しかし、そのことについての問題意識は持っていませんでした。つまり、ワークルールについての知識はほぼ無いに等しい状況だったということです。
2 防止策としてのワークルール教育の必要性
このような労働者の無知が、ブラック企業等が暗躍し、悲惨な過労自殺等に繋がってしまう可能性があるのです。もし、労働者にワークルールの知識があり、問題が生じた際に適切な相談先を知っていれば、労働者自身が潰れてしまう前に、解決する手段にたどり着いていたかもしれません。
このような背景事情を受け、私の所属している日本労働弁護団は、労働者の観点から2013年10月に「ワークルール教育推進法の制定を求める意見書」を発表し(http://roudou-bengodan.org/proposal/post_50/)、2015年12月には「ワークルール教育の推進に関する法律」(第1次案)も発表しています(http://roudou-bengodan.org/proposal/post_88/)。
この法案は、ワークルール教育の実践により、国民の勤労生活の安定と健全な労使関係の発展に寄与することを目的として、働くことに関するルールのみならず、これらのルールを実現するための諸制度に関する実践的な教育をすることによって、職場に正しいワークルールを適用させ、労働者自身がワークルールを活用して、自らが適切な対処を可能とすることを目指して作成されています。