【自然災害時に知っておきたい企業の労務管理】第1節 労働時間管理(1)

2020.03.11 【自然災害時に知っておきたい企業の労務管理】
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 以下の記事は、2011年6月に弊社より刊行された「災害時に知っておきたい労務管理の実務~震災に伴う休業・労働時間短縮・雇用調整~」(絶版)をそのまま掲載しております。
 東日本大震災から9年。大規模な自然災害に対して、企業の労務管理はどのように行うべきか、改めてご確認いただければと存じます。
 ・第1節 労働時間管理(1)
 ・第1節 労働時間管理(2)
 ・第2節 雇用調整(1)
 ・第2節 雇用調整(2)
 ・第3節 行政による保護施策

はじめに

 東日本大震災は、東北沿岸部を中心として甚大な人的・物的被害をもたらしましたが、その周囲の環状地域、さらには日本全体の経済活動にも計り知れないマイナス影響を与えています。復興作業は始まったばかりで、個々の企業にも長く暗いトンネルをくぐり抜ける覚悟が求められます。

 直接・間接の被害により、企業活動の停止・縮小が余儀なくされるなかで、従業員にもしわ寄せが及ぶと予想されます。地震・津波は「天災地変」ですが、厚生労働省でも「震災を理由とすれば、休業・解雇などあらゆる人事管理上の措置が無条件に認められるものでない」点について、アピールを繰り返しています。

 震災時等の特例が及ぶ範囲、及ばない場合の対処の方法など法的な基礎知識を踏まえ、コンプライアンスに留意しながら、被害を最小にとどめるよう対策を講じる必要があります。震災発生後、復興に向けた助成メニューがおおむね顔をそろえましたが、その一方で、各種情報が氾濫・錯綜し、労務管理担当者等が、かえって正確な情報の選別に苦慮する局面も生じています。

 本書では、休業・労働時間短縮等、今後の労務管理の主要課題となる事項について、ポイントを絞って解説しました。本書が労務管理担当者の雇用管理の一助となり、「秩序ある経済再建」にささやかながら貢献することを願ってやみません。

1.基本的な考え方

 使用者は、労働契約を結ぶ際、労働時間その他の労働条件を明示します(労基法第15条)。労働時間に関しては、始業・終業時刻、休憩、休日等を書面で通知しなければなりません。それにより、1日、1週、1カ月等の期間に提供すべき労働の時間数が決まります。

 労働契約により、労働者は労働の義務を負い、使用者はその対価として賃金を支払います。一般に、使用者は、賃金を支払う限り、提供される労働力を使用するか否かは自由であって、労働受領義務はないといわれています。

 つまり、企業サイドは、経営合理性に基づき、自己の裁量に従って休業を決定する権限を持ちます。休業の実施に際して、基本的に、労働者の同意を要しません。ただし、賃金の支払いを要するか否かという問題が常について回ります。

 震災に伴う休業、就労調整についても、基本的な考え方は変わりません。所定労働時間(契約で定めた労働時間)に対する賃金を100%支払えば、一方的に休業を命じることも可能です。

 しかし、企業サイドとしては、賃金の支払いをできる限りカットして、損失のミニマム化を図ろうとします。

 労働の受領を拒否し、賃金が支払われない場合、労働者の救済手段として2種類が考えられます。

① 民法第536条第2項に基づく請求(100%の賃金請求)
② 労基法第26条に基づく請求(60%以上の休業手当の支払い請求)

 ①の民法第536条第2項による請求は、使用者に故意、過失等があるケースに適用があり、今回の地震のような天災地変により、正当な経営判断に従って実施を決定した休業には当てはまらないとみられます。

 ですから、本書では、②についてのみ検討します。

 ②の労基法第26条による請求は、「使用者の責めに帰すべき事由による休業」が実施された場合が対象となります。「使用者の責めに帰すべき事由」とは、使用者の故意、過失または信義則上これと同視すべきものよりも広く、不可抗力によるものは含まれないと解されています。

 今回の震災に当てはめれば、地震の直接的・間接的被害を受け、多くの企業が休業・労働時間短縮等を実施しましたが、それぞれの対応が、真の意味で「不可抗力による」か否かが問題の焦点になります。その判断いかんによって、休業手当(平均賃金の60%以上)支払いの要否が決まります。

2.休業

 まず、丸1日単位で実施される休業について、休業手当の要否を考えましょう。

 休業には、大きく分けて次の3種類があります。

① 地震・津波による直接被害(建物・設備の倒壊等)を理由とする休業
② 計画停電実施に伴う休業
③ 地震・津波による間接被害(取引先の被害、原材料の調達不能等)を理由とする休業

パターン①(手当不要)

 このうち、まず①については、「不可抗力」の代表例が天災地変ですから、軽微な被害を除き、手当不要です。厚生労働省の労基法等Q&Aでも、「原則として使用者の責めに帰すべき事由による休業には該当しない」と述べています。

パターン②(手当不要)

 ②についても、解釈例規(平23・3・15基発0315第1号「計画停電が実施される場合の労働基準法第26条の取扱いについて」)が示され、①と同様に「原則として使用者の責めに帰すべき事由による休業には該当しない」ことが確認されています。

 ただし、計画停電が実施される「前後」の時間帯については、「計画停電の時間帯のみを休業とすることが経営上著しく不適当と認められる場合」に限って、休業手当の支払いを免れる点には注意が必要です。

パターン③(原則として手当が必要)

 問題は③で、現実には多様なパターンが考えられます。

・原子力発電所の放射能被害による避難等
・取引先の直接的被害による原材料の調達不能・製品の受取拒否
・交通機関の復旧の遅れによる原材料の調達不能・製品の納入不能
・風評被害等による顧客離れ

 いずれも設備・施設等に被害はなく、物理的には操業可能なのですが、営業・生産に要する諸ファクター(原材料・人的資源等)の不足や顧客側の事情(製品の受取拒否・顧客離れ)により、稼動しても採算が取れない状況に陥ったものです。

 こうしたケースについては、原則として「使用者の責めに帰すべき事由」に含まれると解されます。つまり、休業手当の支払いが必要となります。

 ただし、間接被害であっても、例外的に「不可抗力」と判断される場合もあり得ます。

 判断要件は、次の2条件を満たすか否かです。

a その原因が事業の外部より発生した事故であること
b 事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること

 厚生労働省では、この場合の考慮要素として、次の5つを挙げています。

・取引先への依存の程度
・輸送経路の状況
・他の代替手段の可能性
・災害発生からの期間
・使用者としての休業回避のための具体的努力等

 原子力発電所の事故により、広域にわたり業務が阻害されるケースは、不可抗力とみなされる可能性が高いといえるでしょう。

 現実には、非常に微妙な判断が求められます。しかし、休業があまりに長期にわたると、大切な経営資源である従業員の生活維持が難しくなります。法的にはグレーな範囲の事由(休業手当を要するか否か判断が難しい事由)に基づく休業であっても、一定レベルの賃金支払いを保証する等の経営判断が求められるケースも少なくないでしょう。

 厚生労働省では、雇用調整助成金の活用により、できる限り休業時の賃金保証を行うよう事業主に求めています。雇用調整助成金については、「労基法第26条に定める使用者の責めに帰すべき事由による休業に該当するか否かにかかわらず、事業主が休業について手当を支払う場合には助成対象となり得る」とアピールしています。

 雇用調整助成金制度および特例については、本節の「6.雇用調整助成金の利用」を参照してください。

3.労働時間短縮

 丸1日の休業ではなく、時間短縮が必要になる例としては、次のようなパターンが考えられるでしょう。

① 地震の間接被害による業務量減少に合わせた操業短縮
② 計画停電の時間帯に合わせた操業停止
③ 従業員の交通の便宜を考慮した時間短縮(遅出・早帰り)

 労働時間の短縮に関しても、基本的な考え方は「2.休業」と同様で、不可抗力と認められる場合に限り、休業手当の支払いが不要となります。しかしながら、時間短縮の場合は部分操業が可能なのですから、基本的には経営的判断(採算が合うか否か、人的・物的な資源が調達可能か否かなど)に基づく措置となるので、不可抗力と主張する余地は相対的に少なくなります。

 時間短縮で注意すべきは、休業手当の支払い方です。

 丸1日の休業の場合、平均賃金の60%以上の手当を支払う必要があります(労基法第26条)。

 一部休業が発生したときは、「労働した時間の割合で既に賃金が支払われていても、その日につき、全体として平均賃金の60%以上を保障すればよい」という考え方になります。
 休業時間分の60%以上の賃金ではない点がポイントです。

〈例〉
 たとえば、日給10000円、平均賃金8000円の従業員を半日休業させた(所定8時間労働で4時間の時間短縮を実施)とします。

◇「労働した時間の割合で払われた賃金」は、5000円です。
  10000円÷8時間×4時間=5000円

◇「全体として保障すべき賃金」は、4800円です。
  8000円×60%=4800円

◇この場合、会社が休業手当を支払う必要は生じません。
 「全体として保障すべき賃金4800円」-「労働した時間の割合で払われた賃金5000円」=▲200円

 時間短縮の例として、「③従業員の交通の便宜を考慮した時間短縮(遅出・早帰り)」を挙げましたが、先に短縮を申し出たのが会社か従業員かで扱いが異なります。

 地震による交通機関のマヒについては、基本的には「会社が配慮して」先に休業を決めれば「使用者の責め」の範囲内となります。ただし、大多数の電車等が止まり、経営上最大の努力を尽くしても避けることができない場合は除かれるでしょう。従業員の判断による「欠勤」は、賃金の支払い不要と解されます(通常の電車遅延等と同じ扱いです)。

(続く)

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