【自然災害時に知っておきたい企業の労務管理】第3節 行政による保護施策
健康保険法・厚生年金法
・標準報酬月額の改定の特例
健康保険・厚生年金で用いる標準報酬月額は、1年を通して固定するのが原則です。固定的賃金に変動があり、2等級以上の差が生じたときは、月変(随時改定)の手続きを採りますが、固定的賃金に変動があってから3カ月経って、はじめて手続きの要件を満たします。
今回の地震では、多くの事業所で賃金の支払い額が大きくダウンしましたが、月変等により標準報酬月額の改定がない限り、従来どおりの標準報酬月額をベースに保険料が算定されます。これでは、実態にそぐわないので、標準報酬月額の改定の特例が設けられました。
平成23年3月11日に特定被災区域に所在していた事業所が東日本大震災により被害を受け、「被保険者の受けた報酬の額が、標準報酬月額の基礎となった報酬月額と比べ著しく低下し、2等級以上の差が生じたとき」、改定の対象となります。
報酬の低下があったときは、「その月に受けた報酬の額を報酬月額として、低下した月から」、標準報酬月額の改定が認められます(平成23年3月から平成24年2月まで)。
標準報酬月額が下がれば保険料も下がりますが、給付面で不利益が生じます。このため、以下の受給者については、下がる以前の標準報酬月額(再改定で上方修正されたときは、下がる前の標準報酬月額と上方修正後の標準報酬月額のどちらか高い方)をベースに傷病手当金・出産手当金を計算します。
平成23年3月31日時点で現に傷病手当金を受けているか受けるべき人、または東日本大震災による被害により傷病手当金を受ける人
平成23年3月31日時点で現に出産手当金を受けているか受けるべき人
・保険料の免除の特例
社会保険(健康保険・厚生年金)の適用事業所は、標準報酬月額・標準賞与額に応じ一定額の社会保険料を納付する義務を負っています。しかし、下記に該当する場合には、月例賃金・賞与に関する社会保険料が免除されます(最長で平成23年3月から平成24年2月まで)。
① 地震の発生日に特定被災区域に所在していた
② 東日本大震災により被害を受け、概ね過半の被保険者について賃金が支払われていないか、または標準報酬月額の下限に相当する賃金しか支払われていない(賞与については、健康保険63,000円、厚生年金101,000円未満)
3.賃金の立替払い
賃金の支払いの確保等に関する法律では、事業主が次の状態に至った場合に、退職者に対する未払い賃金額の一部を国が立て替える制度を設けています(第7条)。
① 破産手続き・再生手続き等の開始決定があった場合 |
②については、労働基準監督署長の認定が必要です。
立替払いの額は未払い賃金総額の80%ですが、限度額が下表のとおり定められています。
退職日時点の年齢 | 未払い賃金総額の限度額 | 立替払い上限額(限度額の8割) |
45歳以上 | 370万円 | 296万円 |
30歳以上45歳未満 | 220万円 | 176万円 |
30歳未満 | 110万円 | 88万円 |
今回の震災では、本社機能を有する事業場が災害救助法に基づく被災地域(東京都除く)に所在している中小事業主であって、地震による直接的な被害を受け、事業活動が停止し、再開する見込みがなく、かつ、賃金支払い能力がない場合が救済対象とされています。
なお、大企業であっても、上記①の条件を満たせば、通常どおりの申請が可能です。
未払い賃金の請求者は、退職者本人です。まず、労基署に行き、事業主に賃金支払い能力がないこと等の認定を受けます(申請者が複数のときは、1人の申請で可)。一方、支払い業務は独立行政法人労働者健康福祉機構が行っているので、申請書を機構宛に提出します。
4.労災保険上の取扱い
労災保険では、業務上災害・通勤災害を対象として保険給付を行っています。今回の震災では、就労中・通勤中に被災された人も大勢います。しかし、天災の発生と業務とどちらが傷病・死亡の原因になったのか、判断が難しいケースもあり得ます。
基本的な考え方としては、「天災地変に際して発生した災害も同時に災害を被りやすい業務上の事情(業務に伴う危険)があり、それが天災地変を契機として現実化した」と認められるときは、業務上災害として取り扱われます。また、「事業場施設に危険な事態が生じた場合、施設より避難するという行為は合理的」と解されるので、退避中の事故も基本的に労災保険の保護対象となります。
通勤中の災害についても、「通勤に伴う危険が現実化したもの」と認められれば、保険給付を受けられます。
厚生労働省が公表した労災保険Q&Aでも、就労中・通勤中の災害については広く業務上災害・通勤災害と認定する方針を示しているので、被災者および遺族は労基署に相談するとよいでしょう。事業主も、申請手続きを助力する必要があります。ただし、事業主が被災し、証明を受けられないとき、労基署では証明なしでも労災申請を受け付ける等、弾力的な運用が行われています。