ジョブ型雇用導入の法的留意点~キーワードは配置転換の不自由~/弁護士 金子 恭介
1.はじめに
新型コロナウィルスによる強制的なテレワークをきっかけとして、ジョブ型雇用を導入すべきだというマスコミ報道が目立つ。しかし、導入されるジョブ型雇用とは何か、メンバーシップ型雇用と何が変わるのかが判然としない。
ジョブ型雇用の導入とは、メンバーシップ型雇用の何かを変えようというスローガンと理解しておくのが正しい。スローガンでは、実務は変えられない。実務家としては、何を変えていくか地に足を付けた検討が必要である。また、ジョブ型雇用を導入すれば全てが解決するかのような論調も見受けられるが、当然デメリットもある。法的観点から留意しなければならない事項もある。
本稿では、ジョブ型雇用導入の法的留意点として、配置転換が不自由になることを取り上げる(その他の法的留意点としては、解雇規制への影響、導入の手続が特に重要である。)。配置転換の自由は、日本企業の人事労務における核となっている。配置転換が制約されることは大きなインパクトがあるが、見過ごされているように思われる。ジョブ型雇用導入にあたっては、配置転換の不自由を上回るメリットを見出すことができるかが鍵となろう。
2.ジョブ型雇用導入により何を変えようとしているのか?
まずは、メンバーシップ型雇用の特徴を確認した上で、ジョブ型雇用導入とは何を変えようとしているのかを整理しておく。
メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用の特徴は大まかにいうと下記表のとおりである(ジョブ型雇用といってもその特徴は国によって様々であり、またメンバーシップ型雇用といっても企業によって異なる。厳密に捉える必要はない。)。メンバーシップ型雇用の核心は、①配置転換の自由と、②職務と賃金を切り離すことにある。他方、諸外国のジョブ型雇用においては、①同意を得ずに配置転換を行うことはなく、②職務と賃金は紐づいている。
現在報じられているジョブ型雇用は、①配置転換を制約すること、すなわち職務限定合意を締結するという意味で使われている場合と、②職務と賃金を紐づけること、すなわち職務給を導入するという意味で使われている場合に大別できる。
メンバーシップ型雇用 | ジョブ型雇用 | |
採用時期 | 定期的に | 欠員が出た際に |
採用対象 | 未経験者を | 経験者を |
担当部門 | 人事部が | 事業部が |
契約形態 | 職務を特定せずに採用し | 職務を特定して採用し |
賃金制度 | 職務遂行能力によって賃金を決定し | 職務によって賃金を決定し |
配置転換 | 配置転換により様々な職務を担当しながら | 同意なしに配置転換されることはなく |
雇用保障 | 解雇権濫用法理により長期雇用が保障され、定年により退職となる | 職務がなくなった場合は解雇となる |
政府は、これまで、職務限定合意を含む限定正社員の意味でジョブ型という言葉を使ってきた。2013年12月の「ジョブ型正社員の雇用ルール整備に関する意見」(規制改革会議)において、ジョブ型正社員=職務、勤務地、労働時間のいずれかが限定されている正社員と定義され、2014年7月の「多様な正社員に係る雇用管理上の留意事項等について」(平成26年7月30日基発0730第1号)においては、限定正社員の解雇に関する検討がされている。
他方、現在ジョブ型雇用を導入するという企業の多くは、おそらく職務給を導入するという意味で用いている。正社員と職務限定合意を締結しようとしている企業は少数派と思われる。なぜなら、第1に、職務限定合意を締結した場合は同意を得ずに配置転換をすることができなくなるが、その一方で解雇のハードルが下がるかは必ずしも明確ではない。配置転換ができない上に、解雇をすることもできないとすると、企業は両手両足を縛られた状態になってしまう。第2に、新規採用者はともかくとして、既存労働者に対して職務限定社員への移行を強制できるかという問題がある。雇用契約の核心である上に、各労働者の利益であることから、就業規則の変更によることはもちろん、労働協約を締結しても移行を強制することは難しい。個別同意を得るしかないと考えられる。上記通達においても正社員と限定社員間の転換は本人の同意を得ることを要求している。企業が導入を決定したとしても、直ちに全面的な導入ができるものではない。