ジョブ型雇用導入の法的留意点~キーワードは配置転換の不自由~/弁護士 金子 恭介
3.職務給制度を導入すると配置転換が制約される
職務限定合意を締結すると、配置転換を命じることができなくなる。これは当然のこととして認識されている。しかし、職務限定合意を締結せずに職務給だけを導入すると、配置転換が一定の制約を受けることはあまり認識されていない。たとえば、ジョブ型雇用(ここでは職務給を意味する)を導入すると、「職務によって賃金を決めることができる」ことに加えて、「職務が変われば賃金も変わる」という見解が散見される。前者は正しいが、後者は不正確であり、配置転換の自由を前提としていると思われることから、どちらかといえば間違いである。職務と賃金が紐づく賃金制度を設計したとしても、そもそも職務を変更する配置転換に制約が生じるからである。
掘り下げて説明する。メンバーシップ型雇用における配置転換は、原則として使用者の自由である。退職誘導や組合潰しなどの不当な動機目的がある場合、病気・介護・育児について通常甘受すべき程度を著しく超える不利益が生じる場合に限って権利濫用として無効となる。
なぜ原則として使用者は自由に配置転換を命じることができるのか。使用者と労働者が配置転換を自由とする合意をしているからである。就業規則の「業務上の必要により配置転換を命じることができる」という趣旨の規定によって明示されており、これを事前の包括的な同意と表現することもある。
それでは、なぜ使用者が自由に配置転換を命じることができるという合意をしているのか。使用者と労働者の利害が一致しているからである。使用者には、成長事業に労働者を配置するために職務を自由に変更したいというニーズがある。これは労働者からするとキャリア権を失うことに等しい。希望する職務によってキャリアを形成し、賃金を得たいであろう。しかし、解雇回避義務による定年までの雇用保障と職務変更による賃金維持という利益を得ることによって、使用者による配置転換の自由を受け入れることとなった。そして職務が変わっても賃金を維持するために、職務と切り離した年齢・勤続年数・職務遂行能力によって賃金を決定することになる。
しかし、職務給制度では職務と賃金が紐づいている。賃金が維持されるからこそ職務の変更を全面的に受け入れてきたのであって、最も重要な労働条件である賃金が維持されないのであれば話が変わってくる。配置転換の自由は日本企業に染みついているから、職務を基準に賃金を定めたとしても、依然として配置転換は自由に行うことができるような錯覚をしてしまう。しかし、配置転換の自由は賃金の維持を大前提としている。賃金が変わるのであれば、メンバーシップ型雇用と同じように配置転換をすることはできない。
それでは賃金の変更を伴う配置転換が全て禁止されるかというと、そうではない。メンバーシップ型雇用における配置転換の自由が労使合意を根拠としていることと同様に、労使合意の問題である。労使が賃金の変更を伴う配置転換を合意していれば有効である。具体的には、就業規則の定め、経歴・キャリア、職務変更による不利益の大きさなどの事情を考慮して、労使合意において予定されている範囲の配置転換及び賃金の変更であれば、使用者はこれを命じることができるし、他方で予定されていないものは命じることができないと考えられる。
裁判所も労使合意の解釈として判断をしているように思われる。いくつか裁判例を紹介しよう(管理職を中心に近年広まっている役割給制度も、役割と賃金が連動する以上、職務給と同じ問題が生じる。数が多くないため、以下では役割給の裁判例も含めて取り上げる。)。
まずは、無効事案である。
第1に、就業規則に、各職務の職務給及び配置転換により職務給も変更になることが記載されていない場合である。最も重要な労働条件である賃金を変更するのであるから、就業規則上の根拠が必要である。コナミデジタルエンタテインメント事件(東京高判平成23年12月27日労判1042号15頁)、東京アメリカンクラブ事件(東京地判平成11年11月26日労判778号40頁)は、就業規則に根拠がないとして配置転換ないし職務給の減額が無効と判断されている。また、Chubb損害保険事件(東京地判平成29年5月31日労判1166号42頁)は、従業員向け説明会の資料には記載があったが、説明会資料は就業規則ではないとして、やはり職務給の減額が無効とされている。本来的なジョブ型雇用では同意を得ない配置転換は予定されていないから、このような問題は生じない。職務給制度と配置転換という相性の悪い制度を併存させるために生じる特殊な問題である。
第2に、キャリアに配慮していない職務変更である。エルメスジャポン事件(東京地判平成22年2月8日労判1003号84頁)は、IT技術者を商品管理業務に配置転換した事案である。IT技術者に支給されていた裁量労働手当2万8200円が支給されなくなっただけであって不利益の程度は大きいとまではいえないが、IT専門職としてのキャリアを形成する期待に配慮する必要があるという理由で配置転換を無効としている。
第3に、不利益の程度が著しく大きい職務変更である。日本ガイダント事件(仙台地決平成14年11月14日労判842号56頁)は、営業職係長から営業事務職に配置転換したことによって月給が半減した事案である。不利益の程度が著しいため合理性がないとして配置転換自体が無効とされている。
他方、労使合意において予定されている範囲であれば、賃金の変更を伴う配置転換も正当化される。あんしん財団事件(東京高判平成31年3月14日労判1205号28頁)は、大規模支局長から小規模支局長への配置転換により月給が十数万円程下がった事案である。支局長間の異動は当然に予定されていたとして賃金減額は有効と判断されている。L産業事件(東京地判平成27年10月30日労判1132号20頁)は、プロジェクトのリーダーがプロジェクト終了後に元の職務に戻ったところ、月給約14万円、賞与約100万円が減額になった事案である。一時的なプロジェクトであって終了後は元の職務に戻ることが当然に予定されていたとして配置転換及び職務給の変更がいずれも有効と判断されている。
4.まとめ
ジョブ型雇用導入を検討する際は、何を導入するか、特に職務限定合意を導入するのか、職務給を導入するのかを明確にする必要がある。
職務限定合意を導入せず、職務給を導入するにとどまる場合であっても、メンバーシップ型雇用と同じように自由な配置転換をすることはできなくなることは見過ごされがちである。賃金が変わる以上、配置転換は一定の制約を受ける。労使合意の問題であるから、正当化するためには、労使合意において予定されている配置転換及び職務給の変更かどうかがポイントとなる。実務上は、キャリアへの配慮をすることが特に重要となる。
弁護士 金子 恭介(かねこ きょうすけ)
(アクシス法律事務所)
【略歴】
早稲田大学高等学院
早稲田大学法学部
慶應義塾大学法科大学院
経営法曹会議会員
【執筆・講演歴】
・割増賃金計算ソフト「きょうとソフト」を活用した事件処理の提唱(判例タイムズ1436号17頁)
・70歳までの就業確保措置、最高裁判決を踏まえた同一労働同一賃金対応、ジョブ型雇用の法的留意点、新型コロナウィルス対応としての人件費削減策、メンタルヘルス問題、パワハラ相談対応と防止措置、マタハラ防止対策、LGBTと労務管理、無期転換対応(以上、京都経営者協会)、解雇案件における使用者側代理人の対応・主張立証の実務(京都弁護士会)