【GoTo書店!!わたしの一冊】第1回『アニメーターはどう働いているのか』松永 伸太朗 著/濱口 桂一郎
やりがい搾取は真実か?
本書は令和2年度労働関係図書優秀賞を受賞した作品だ。著者には昨年12月、私の司会で労働政策フォーラム「アニメーターの職場から考えるフリーランサーの働き方」の基調講演とパネルディスカッションにも出演していただいた。
昨年来のコロナ禍で、フリーランス対策は政府の大きな課題になりつつあり、その中で注目を集めているのが、本書のテーマであるアニメーターである。何しろ、いまや日本の国策となったクール・ジャパン戦略の中核に位置するのが、最も競争力のある輸出財ともいわれる日本のアニメだからだ。
アニメーターといえば、一昨年にNHKの朝の連続テレビ小説「なつぞら」で、広瀬すずが演じた奥原なつを思い出す人も多いだろう。モデルとなった奥山玲子は、東映動画で共働き差別に抗議して労働争議を繰り広げていた。しかし、今や日本アニメを支えるアニメーターたちの大部分はフリーランスという就業形態であり、出来高制の下で極めて低賃金で働いていることが、近年問題提起されつつある。上記フォーラムではアニメーターの職業団体や労働組合の方々も登壇し、解決策を論じた。
本書で松永さんが調査研究し、論じようとしているのは、もう少し根が深い問題だ。彼は、ややもするとアニメーターの低賃金労働を「やりがい搾取」と評したがる向きに疑問を呈する。アニメの作画スタジオX社に164時間もの職場観察調査を行い、マネージャーやアニメーター一人ひとりの微細な動きまで精密に観察し尽くすことにより、彼らの働き方を背後で支える「当事者の論理」を浮彫りにしていった。
その手法は社会学におけるエスノメソドロジーというもので、労働研究の世界では目新しいものだが、働く人々の一挙手一投足をその心のひだに分け入るように分析していく手つきは、間違いなく物事の背後にある真実を探り当てるのにふさわしいやり方と感じさせる。
アニメーターたちにフリーランスとしてスタジオに集まって働くという働き方を選択させているものは何か?松永さんは、仕事の獲得とスキル形成という課題の解決をX社が手厚く支援している点を指摘する。フリーランサーは仕事を獲得したり、自らのスキルを高める取組みを、自助努力で行う必要がある。とくにアニメ産業では、仕事の契約期間が短いためしばしば「手空き」と呼ばれる仕事のない期間が生じ、また若手の育成にかかわる余力を持ちにくい。
ところがX社では、マネージャーがこまめにアニメーターの仕事の進捗状況などを把握し、「手空き」になりそうなアニメーターがいれば、彼に合った仕事の情報を提供し、また中堅・ベテランアニメーターが一定期間若手の育成にかかわる慣行がある。こうしてX社は、フリーランサーのリスクを吸収する仕組みを作り上げている。
若い労働研究者の渾身の力作を、是非読んでいただきたい。
選者:JIL-PT 労働政策研究所長 濱口 桂一郎(はまぐち けいいちろう)
83年労働省入省。08年に労働政策研究・研修機構へ移り、17年から現職。
同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。