朝日火災海上保険事件(平5・2・3神戸地判) 企業合体により労働条件の不利益変更をしても有効か
応用と見直し
会社や組織は、合体、合併、統合、分離を繰り返してやまないものであるが、これに伴ってそこで働く労働者の労働条件の変更が伴う。その労働条件の変更によって不利益を蒙る者の同意がない限り労働条件の変更はできないのか。第2の争点を中心に考えてみたい。
この問題については、就業規則の不利益変更の問題に関して、秋北バス事件・最判昭43・12・25大法廷「新たに作成又は変更された就業規則の条項が合理的なものであるかぎり、これに同意しない労働者にも適用される」との判例がリーディングケースとなり、その後、タケダシステム事件・最判昭58・11・25第二小は、右の判決を踏襲した。その後、本件と同種の、農協の合併に伴う退職金規定の支給率の低減という不利益変更に関する大曲市農業協同組合事件・最判昭62・2・16第三小も、右と同様な判断基準に基づき、「賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである」旨判示している。
会社や組織が合体や合併した場合に労働条件の統一的画一的処理の要請から旧組織から引き継いだ従業員相互間の格差を是正し、単一の就業規則を作成・適用しなければならない必要性が高いことは言うまでもない。仮りに、そうではなく、あらゆる不利益変更について労働者個々の同意が必要であるということになると、従業員の労働条件が個々に異なってしまって、1つの組織体として維持存続させることが困難となってしまう。
そこで、会社や組織の右の必要性と個々の労働者の蒙る不利益の程度を比較考量して合理的か否かを判断して決定すべきもの、というのが判例の基本的な考え方であり、本判決も右の判例の流れに沿ったものである。本判決は、57歳定年制の労働協約について、前述判示のように、労働協約の内容が極めて不合理であると認めるに足りる特段の事情は見当たらない。そして、労働協約に沿う内容の改定就業規則および改定退職金規定も不合理な点であるとはいえない旨判示して、右労働協約は、合理性があり、原告に不利益であっても適用されるとしたものである。
本事案は、使用者が一方的に作成・適用する就業規則の不利益変更ではなく、協約自治の原則にもとづく労働協約の内容の合理性が問題となったものであるが、その効力については、合理性の点から同様に解することができる。本判決は、前記秋北バス事件、タケダシステム事件、大曲市農業協同組合事件とならんで、同種事案について実務上重要な判断基準を提供している。