【元漫才師の芸能界交友録】第38回 井上章一① 八百長は絶対悪に非ず/角田 龍平

2020.04.16 【労働新聞】
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昔からのプロレス通である
井上先生(左)と岡村先生
イラスト・むつきつとむ

 日本文化を国際的な視野で探求する研究機関である国際日本文化研究センター、通称「日文研」は1987年に京都で設立された。歴代の所長には梅原猛さんをはじめとする名だたる知識人がその名を連ねる。昨秋、新聞各紙は「新年度から日文研の所長にベストセラー『京都ぎらい』の著者として知られる井上章一さんが就任する」と報じた。

 2020年4月1日。日文研新所長の初仕事は、KBS京都ラジオ『角田龍平の蛤御門のヘン』の出演だった。まるで四月バカの嘘のようだが、本当の話だ。井上先生は、番組に都合4回出演しているが、専門分野の建築史は話題に上ったことがない。もっぱらプロレス談義に終始しているうちに放送時間の90分が経過し、タイムアップのゴングが鳴る。井上先生は、昨年『プロレスまみれ』という新書を上梓したほどのプロレスマニアなのだ。

 井上先生のタッグパートナーとして出演したのは、プロレス文化研究会、通称「プロ文研」代表の岡村正史先生だ。岡村先生は、兵庫県の県立高校で教鞭をとる傍ら、大阪大学大学院の博士課程を修了した経歴の持ち主だが、博士論文のテーマが「力道山のライフ・ヒストリーにおけるプロレス受容に関する考察」という“プ爺”である。

 “プ爺”とは、昨今のプロレス人気復活で急増した女性ファンの呼称“プ女子”の対義語で、力道山時代からプロレスを見続けている爺をいう。岡村先生と井上先生が世話人を務めるプロ文研はプ爺の巣窟だ。

 昨年の大晦日。正月休みに帰省しようと京阪電車に乗り込んだ私は、あたかも実家で過ごした少年時代にタイムトラベルしたような錯覚を覚えた。というのも、同じ車両に乗り合わせた初老の男性が、30年前の週刊プロレスを2冊、その手に握りしめていたからだ。目を凝らしてみると、時空を飛び交う老人の正体は、プロ文研で顔を合わせるプロレス美術館の館長だった。出掛けるときはいつも昔のプロレス雑誌を数冊携帯するらしい。その意図を尋ねると、館長はこともなげに答えた。「時を経て読み直すことで真実がみえてくるのです」。

 30年前、プロレスばかりみていた中学生の私は、プロレスに懐疑的な親や教師に反駁する言葉を探し求めていた。その答えを提示してくれたのが、1990年に出版された『別冊宝島120 プロレスに捧げるバラード 神に選ばれし無頼漢たちの物語!』で岡村先生と対談した井上先生だった。

 「八百長は必ずしも悪いわけではないんです。たとえば、結婚式のスピーチなんていうのも八百長ですよ。だけど、八百長をせなあかん必然性があるんです。花嫁の友人が、花嫁の婚前異性交際の実態を暴露したら困るでしょう。確かに、プロレスには八百長めいたところがある。だけれども、そんなのは世間一般にいっぱいあるのに、なぜプロレスだけが責められないかんのかと反論した方が、世間に対しては通りが良いと思うんです」。

 市民社会が隠蔽する八百長性について、井上先生の舌鋒鋭い指摘は続く。

筆者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平

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令和2年4月27日第3254号7面 掲載
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