【元漫才師の芸能界交友録】第40回 井上章一③ 言葉からプロレスを検証/角田 龍平
プロレス文化研究会、通称「プロ文研」は1998年に設立された秘密結社である。プロ文研の世話人である国際日本文化研究センターの井上章一所長は、同年7月20日に行われた第1回集会で次のとおり所信を表明した。
〈研究生活を送っている中で「今の俺はあのときの藤波辰爾だな」などとレスラーに心情を託すことがある。プロレスについての知識は偏った知識であり、自慢できない知識だと思っていたが、プロレスについての知識を自慢する岡村氏に出会った。岡村氏と現代風俗研究会(筆者注:現代風俗研究会とは、現代における風俗現象について、調査・研究を行う目的で活動している一般社団法人。現在の会長は、高井崇志衆議院議員…ではなく、井上先生)の例会の後の懇親会でその日のテーマと関係なくプロレスのことを語り、ひんしゅくを買っているが、プロレスのことを思う存分語れるこの会を作った。きょうは、ささやかな団体の旗揚げである〉。
プロ文研代表の岡村正史先生は、数年前に定年退職するまで公立高校で世界史の教諭をしていた。大学の卒業論文のテーマに「ジャン=ジャック・ルソーとフランス革命の関係」を選んだ岡村先生は、フランス革命と飛龍革命を同じ熱量で語れる稀有な存在だ(筆者注:飛龍革命とは、フランス革命から200年後に新日本プロレスで勃発した、アントニオ猪木に世代交代を迫った藤波によるムーブメント)。
中学生の頃、ムック本に掲載された岡村先生と井上先生(以下「OI砲」)の対談に啓蒙され、社会の写し鏡としてプロレスをみるようになった。30年が過ぎ、今はプロ文研でOI砲から直接薫陶を受けている。
今年2月に開催された直近のプロ文研のテーマは、「言葉とプロレス」。『プロレスまみれ』(宝島社新書)をテキストに、著者である井上先生の基調講演と、会員によるフリーディスカッションが行われた。
事前に配られた案内文には、〈ラッシャー木村の「こんばんは」、長州力の「かませ犬」。プロレスのひとことは、局面を大きくかえることがあります。そうした事例を、みなさんといっしょに、さがしたい〉という井上先生からのメッセージが寄せられていた。
1981年9月23日、田園コロシアム。国際プロレスのエースだったラッシャー木村は、団体が経営破綻し、新日本参戦に活路を求めた。木村に与えられたポジションは、善玉の猪木の抗争相手。派手な柄の開襟シャツにバックルの大きなベルトを締めて、いかにも悪役らしい出で立ちで新日本のリングに初登場した木村に期待されたのは、猪木に威勢良く啖呵を切ることだった。ところが、アナウンサーからマイクを向けられた木村の第一声は、意外なひとことだった。
「こんばんは」。律儀なリング外の人格を隠せなかった木村に、プロレスファンは落胆の色を隠せなかった。
世にいう「こんばんは事件」を引き合いに出してから、井上先生は「木村に比肩する失言をしてもうた政治家がいはります」とはんなりした京ことばで語り始めた。
筆者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平