【元漫才師の芸能界交友録】第43回 ナインティナイン 新弁護士軍団の正体は…/角田 龍平
2006年夏。司法試験の論文式試験を終え、70日後に合格する私は発表までの待ち時間を持て余していた。駒大苫小牧の田中将大と早稲田実業の斎藤佑樹が投げ合った甲子園の決勝戦は、銭湯のサウナのテレビでフルイニングみた。試合中、眩暈がしたのはサウナのせいだけではなかった。延長15回の死闘を演じたマー君とハンカチ王子は、生まれたままの姿でテレビに見入る私より一回り年下だった。
人生には深夜ラジオを聴きたくなる季節がある。私は、その季節が人よりも長かった。中高一貫制の男子校に通った10代と、司法試験に落ち続けた20代。青春の蹉跌と深夜ラジオの親和性は高い。延長再試合の末、早稲田実業が優勝した夏、カセットテープに録音した『ナインティナインのオールナイトニッポン(ANN)』を聴きながら、京都の街中をあてもなく歩き続けた。冬には三十路を迎える無職のニートの無償の娯楽は、ラジオと徘徊だけだった。岡村さんの愚痴と下ネタと矢部さんの優しいツッコミを聴きながら、明治時代に哲学者の西田幾多郎が思索に耽った「哲学の道」を歩いていると、論文式試験のミスを少しだけ忘れることができた。
秋になり、合格発表の日が訪れ、大阪地方検察庁の前に張り出された掲示板に自分の受験番号をみつけた。口述式試験も突破し、司法試験に最終合格すると、深夜ラジオを聴く機会は次第に減っていった。
09年1月、オーディションに合格して『角田龍平のANNR』が始まり、今度は深夜ラジオで喋るようになった。ニッポン放送1階のエレベーターホールで憧れの岡村さんをみかけたのはその頃だった。「立命館大学の後輩で、『ANNR』のパーソナリティをしている弁護士の角田龍平です」。思いきって声を掛けると、「立命館大学経営学部の岡村隆史です」とはにかみながら答えてくれた顔が忘れられない。
『ANNR』が終了して1年半が過ぎた11年6月、番組ディレクターだった宗岡さんから『ナインティナインのANN』への出演を依頼された。岡村さんがマンションを引っ越す際に、大家から原状回復費用として350万円を請求されて困っているという。私と本村健太郎弁護士で“ナイナイ弁護士軍団”を結成し、岡村さんのトラブルを解決してほしいらしい。私は普段の弁護士業務でそうしているように、事件名に「原状回復請求事件」、依頼者に「岡村隆史」と書いた事件ファイルを作り、判例や文献を綴じてスタジオに持参した。生放送が始まると、ナイナイにもANNにも思い入れのない本村弁護士が饒舌に語る一方で、私は緊張のあまり弁護士にあるまじき黙秘権を行使してしまう体たらくだった。
先日、コロナ禍の運動不足を解消するため哲学の道を散歩しながら、5年半ぶりに復活した『ナインティナインのANN』を聴いた。ひとりで続けていた『ANN』で舌禍事件を起こした岡村さんの抱える問題を解決すべく立ち上がった“ナイナイ弁護士軍団”は、生まれ変わろうとする岡村さんと矢部さん自身だった。
筆者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平