【元漫才師の交友録】第51回 土橋享① 安岡力也から突然の架電/角田 龍平

2020.07.23 【労働新聞】
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東映一筋で映画にかかわる
イラスト・むつきつとむ

 「昨日のラジオで間違えて、市川右太衛門さんのことを『北白川の御大』っていっちゃったよ。本当は『北大路の御大』なのに」。数日前の朝、2階の寝室から3歳の娘をだっこしながら階段を下りて、リビングの引き戸を開けると、同居している義父にそういわれた。

 東映京都撮影所で映画監督をしていた岳父の土橋亨が前夜にゲスト出演したラジオは、KBS京都『角田龍平の蛤御門のヘン』、すなわち義理の息子の番組だった。「北白川」と「北大路」のいい間違いを痛恨のミスのように土橋はいうが、その手のいい間違いを普段から量産している。阪神戦のナイター中継を一緒にみていると、解説者の川藤幸三さんをずっと「川谷拓三」と呼んでいたことがあった。かつて『仁義なき戦い 代理戦争』の助監督として川谷拓三さんを演出した土橋のケアレスミスに、私は気付かないふりをしてやり過ごした。そればかりか、ミッツ・マングローブを「ミッツ・マンジロー」、マツコ・デラックスを「デラックス・マツ」といい間違えた時ですら、アドバンテージを適用してファウルを取らないサッカーの審判のように会話を止めることをしなかった。これができるか否かが、妻の実家で同居する所謂マスオさんとしての適格を持つ者と持たざる者の分水嶺なのだ。

 しかし、90分のラジオ番組を成立させるには、ちゃんとファウルを取る審判が必要だ。そこで、先輩弁護士にも収録に参加してもらったが、彼が最初にファウルを取ったのは、妻の父との共演を「本木雅弘と内田裕也」に例えた私の発言だった。「モックンてあんた、ええようにいい過ぎやで」。確かに、『シコふんじゃった。』と『おくりびと』で日本アカデミー賞の主演男優賞を受賞したモックンと、TBSテレビ日曜劇場『グッドワイフ』に常盤貴子さんを面接する名もなき面接官2役で3秒だけ出演したに過ぎない私とでは、役者としてのキャリアに雲泥の差がある。にもかかわらず、自らの職業を「弁護士で俳優」と強弁しているのだから、ファウルを取られても仕方ない。てな具合にいつもの放送なら脱線していくが、一親等の姻族の前では浮ついたところをみせたくない。私は司会に徹して、土橋と内田裕也さんの邂逅に話を進めた。

 今から30数年前。ある朝、自宅にいた土橋の元へ一本の電話が掛かってきた。「もしもし、監督ですか。あのー俺、力也、安岡力也です」。土橋が監督した『極道の妻たち・パートⅡ』でドスの利いたヤクザを演じていた力也さんの声が、その時はやけにしおらしかった。「俺の兄貴分の内田裕也が、京都で撮影する『花園の迷宮』に出ることになったんですが…」。東映京都撮影所は怖いところだと噂を聞いた裕也さんが、「京都へ金属バットを持って乗り込む」と記者会見で宣言したものの、撮影所の映画職人たちが構えているのではないかと警戒し、撮影に入る前に根回ししてほしいという。あの内田裕也が恐れた“伏魔殿”東映京都撮影所で土橋が目撃した“ワンス・アポン・ア・タイム・イン・太秦”を暫く綴ってみたい。

筆者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平

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令和2年8月3日第3267号7面 掲載
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