【元漫才師の交友録】第55回 花房観音① 山村美紗の評伝を上梓/角田 龍平

2020.09.03 【労働新聞】
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絵画展から興味を抱いた
イラスト・むつきつとむ

 今年2月。『週刊文春』が、厚生労働省の女性幹部と首相補佐官が海外出張先でコネクティングルームに宿泊していたと報じた。「まるで山村美紗と西村京太郎のようだ」。そう思ったのは私だけではあるまい。山村美紗さんの京都を描いたミステリー小説が続々とドラマ化され、JR東海の「そうだ京都、行こう」キャンペーンが始まった1990年代初頭。観光客でごった返す金閣寺に程近い男子校で悶々と高校生活を送っていた私は、毎月10日に発売されるゴシップ誌『噂の眞相』を愛読していた。山村美紗さんと西村京太郎さんの男女関係は、『噂眞(うわしん)』読者にとって定番のネタだった。出版界の両巨頭が京都で隣の家に住み、両家は地下の通路でつながっているというのだ。

 その頃、ふたりの邸宅が並んでいた東山にあるお嬢様学校に通うひとりの女子大生も、同級生は決して手に取ることのない『噂眞』を貪るように読んでいた。まさか二十数年後、山村美紗さんの評伝を書くことになるなんて、当時の彼女は知る由もなかった。

 「山村美紗の評伝(『京都に女王と呼ばれた作家がいた 山村美紗とふたりの男』)を出版することになりました」と、小説家の花房観音さんからメールが届いたのは、コロナ禍で緊急事態宣言下にあった5月中旬のことである。驚きはしなかった。というのも、花房さんは、バレンタインデーに『実話ナックルズ』をプレセントしてくれるゴシップ友達だが、いつの頃からか事あるごとに山村美紗さんについて熱っぽく語るようになっていた。もともとは、ほとんど著作を読んだことすらなかったそうだ。私と同様、『噂眞』史観に立ち、下世話なフィルターを通して“ミステリーの女王”をみていた花房さんが、いかにして山村美紗さんに魅せられていったのか。

 今から10年前、花房さんは京都の和菓子職人の女性が主人公の官能小説『花祀り』で第一回団鬼六賞を受賞して、小説家としてデビューした。「京都シリーズか。山村美紗だね」と評したのは選考委員の重松清さんだった。母校の女子大を舞台にした『女坂』を上梓すると、解説を寄せたベストセラー『京都ぎらい』の著者井上章一さんは花房さんを「官能界の山村美紗」と呼んだ。ジャンルは違えど、同じように京都に根を張り、京都を書く女流作家として否応なしに意識するようになった。

 山村美紗さんへの興味が俄然高まったのは、西村京太郎さんとは別のもうひとりの男の存在を知ってからである。きっかけは偶然みつけたネットニュースだった。その記事には、山村美紗さんに先立たれた夫が再婚した39歳年下の妻と、絵画展を開催すると書かれていた。96年に山村美紗さんが亡くなるまで、夫が表に出ることは一切なかった。女王様のご機嫌を伺いに京都詣でを繰り返した担当編集者ですら、お葬式で初めてみたというくらいだ。夫の名前で検索した花房さんは、思わず息を飲んだ。夫が描いた情念迸る山村美紗さんの肖像画が次々に現れたのだ。『噂眞』史観では語られることのなかった夫の執着を知った花房さんは、歴史修正の重責を己に課す。

筆者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平

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令和2年9月7日第3271号7面 掲載
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