【元漫才師の交友録】第67回 塩田武士③ ユーモアの源流は…?/角田 龍平

2020.11.26 【労働新聞】
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元漫才師同士、波長が合う
イラスト・むつきつとむ

 今秋映画化された塩田武士さんの小説「罪の声」(講談社)は、70万部を超えるベストセラーだ。11月2日発売「AERA」の「現代の肖像」は、時の人となった塩田さんを特集した。同誌によると、高2のときに〈「セクション34」という名前の漫才コンビを結成し、関西のお笑いコンテストに出場する日々を送る。「ステージでは毎回滑りまくった」というが、人を楽しませる面白さを舞台で実感した〉そうだ。つまり、高校生漫才師として活躍したことが、人を楽しませる小説家になった契機らしい。とすると、塩田少年に舞台へ上がることを決意させた人物がいなければ、傑作「罪の声」は誕生しなかったことになる。

 2019年5月25日付日本経済新聞「交遊抄」で、塩田さんがそのキーパーソンについて言及していた。〈高校生漫才師「おおかみ少年」として彗星の如く登場した角田さんは、関西の新人漫才コンクールで優勝。その模様がバラエティー番組で特集され、当時中学生だった私はネタの完成度の高さに衝撃を受けた。影響され、高校生で漫才の舞台に立った。(中略)初めて憧れの人のラジオ番組に出たときは嬉しかった〉。

 先日、塩田さんは映画「罪の声」の公開に合わせて、KBS京都ラジオ「角田龍平の蛤御門のヘン」に出演してくれた。「憧れの人」と持ち上げられた私が「舞台挨拶に登壇させろ」と図に乗ると、「絶対来んといてください!」と元「セクション34」のツッコミ担当は心地良い柔らかな関西弁で返した。「エンドロールにスペシャルサンクスで名前を出してくれ」と食い下がれば、「一応、東宝に頼んでいます」と当意即妙に乗ってくる。

 塩田さんは、元漫才師ならではのユーモアと元新聞記者ならではのジャーナリズムが高度に融合したハイブリッド作家だ。「罪の声」は、「グリコ・森永事件」でかい人21面相がテープに録音した子供の声を恐喝で用いたことに着想を得て、幼き共犯者の現在を描いた物語である。

 「京都へ向かって、1号線を2キロ、バス停城南宮の、ベンチの腰掛の裏」。「グリコ・森永事件」で、かい人21面相が子供の声を使って指定した現場から、そう遠くない国道1号線沿いの京都のシネコンで「罪の声」をみるのは緊張感があった。もしかすると、評判を聞きつけやって来た、大人になったテープの声の子供が劇場内にいるかもしれない。

 文化部に在籍する昼行灯の新聞記者阿久津英士は、社会部が担当する昭和最大の未解決事件の特集記事に駆り出されて取材を進めていくうちに、犯行に使われた声の子供が歩んだ事件の裏面史に辿り着く。映画の終盤、小栗旬さん演じる阿久津に塩田さんがオーバーラップした。

 エンドロールをみて嗚咽を漏らしたのは、スペシャルサンクスに自分の名前がなかったからではない。着想から15年掛けて「罪の声」を完成させた塩田さんの苦労を知っているので、原作者の名をみて感極まったのだ。むせび泣く私を隣の客が怪訝そうにみつめていた。どうやら私は、中年になったテープの声の子供と疑われたらしい。

筆者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平

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令和2年12月7日第3283号7面 掲載
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